人工知能(AI)やクラウド、ビッグデータ解析などの最先端テクノロジーを駆使して、さまざまな領域に改革や業務効率をもたらす取り組みが、近年日本でも広がりつつあります。
「◯◯Tech(テック)」とは、このような取り組みや、取り組みから生まれたサービス全般を指す言葉です。
「◯◯」にはさまざまな領域が当てはまり、「Tech(テクノロジーの略)」という言葉との掛け合わせでたくさんの「◯◯Tech」が生まれています。
例えば農業領域との掛け合わせで「AgriTech(アグリテック)」、広告領域との掛け合わせで「AdTech」といった具合です。
このように、たくさん存在する「◯◯Tech」の中の一つとして、「HRTech(エイチアールテック)」があります。この記事では、HRTechの必要性や日本でのHRTechの主要分野、ツールなど、HRTechの基礎知識について解説します。
HRTech(HRテック)とは
HRTechは、「Human Resources(人事)」と「Technology(技術)」を組み合わせて出来た造語です。
テクノロジーの力を活用して、人事関連領域の業務の効率化や、クオリティの向上を図る手法・サービス全般を、HRTechといいます。
労働人口の減少や人材の多様化などを背景に、人事が抱える課題は年々複雑になってきています。その課題をテクノロジーの力で解決しようとする試みが、HRTechであると言えます。
HRTechはなぜ必要なのか
HRTechという言葉自体は、20年ほど前から存在する古い言葉だと言われていますが、実際に普及し始めたのはここ数年です。
なぜ近年、HRTechは人事領域で必要とされているのでしょうか。
多忙な人材業務の効率化
人事領域の業務は、採用・育成・評価・労務管理など多岐に渡ります。また、それぞれの業務に紐づくオペレーション業務も膨大です。
例えば採用業務一つとってみても、
・採用計画の策定
・求人
・会社説明会・セミナーの開催
・応募者管理
・選考(面接・選定・内定)
・内定者フォロー
・入社〜入社後フォロー
と、これだけの業務に分類されます。
さらに、これらの業務に紐づくタスクもまた、膨大です。
例えば「選考」業務は、
・書類選考
・書類選考の合否連絡
・書類選考合格者との面接日程調整
・面接準備
・面接官手配
・面接会場の予約
・合否選定
・合否通知
・内定通知
というさらに細かいタスクで構成されています。
面接は一次〜最終面接まで複数ある事もありますので、実際のタスク量は上記よりも多くなることもあるでしょう。これらのタスクがさらに、細かいタスクに分かれることもあります。
このように、人事領域の業務一つを例にとってみても、業務量・タスク量が膨大であることがお分かりいただけるかと思います。
これらの膨大な業務の中から、単純作業をHRTechのサービスの力を借りて自動化し、効率化することによって、自動化が難しい創造的な業務に人事担当者がコミット出来るようになります。
その結果、仕事の質やクリエイティビティを高めることが出来るようになるのです。
多様な人材への対応・リテンション対策
日本は今、少子高齢化に伴う労働人口の減少という問題に直面しています。
その対策の一つとして注目されているのが、子育て中のママ、高齢者、チャレンジド(障がい者)、外国人など、多様な属性の人々の採用です。
それぞれの属性ごとに、ライフスタイルモデルや資質は異なるため、それぞれに合った雇用形態や勤務時間帯、待遇などを用意する必要が出てきます。
また採用後も、一人一人細かく違う条件を、ミスなく管理していかなければなりません。
こうした採用管理や労務管理の複雑化に伴う人事担当者の業務負担を、HRTechの管理ツールを導入することで軽減することができます。
また、採用した従業員のリテンション施策(離職防止施策)においても、HRTechの力で人事の負担を軽減する試みが広がっています。
勤怠などの人事情報をAIが分析・数値データ化し、人材の配置や教育に活かせるようなツールが、国内でも近年開発・提供され始めています。
人事の主観に頼らない、客観的なデータに基づいた人事施策が従業員満足につながり、リテンションにつながります。
企業課題を人材面で解決
これまでの人事部は、「経営や事業部のサポート部門」「経営の裏方」と位置付けられることが一般的でしたが、HRTechの広がりと共に、人事が積極的かつ深く経営に関わる「戦略人事」という考え方が広まりつつあります。
戦略人事では、経営と人事部は「サポートされる側とする側」という関係ではなく、「経営のパートーナー」という位置付けとなり、共に経営を遂行する協力関係です。「攻めの人事」と表現されることもあります。
戦略人事を実現・機能させることは簡単なことではなく、経営データと人事データ両方に関する深い理解と、双方の適切な関連付けが必要です。
これらの課題をマンパワーで解決することはとても大変ですが、HRTechのサービスを使って分析・データ化することによって、人事部が経営に適切に関わっていく助けとなります。
日本においてはなかなか浸透していない
このように、人事部の業務に最先端テクノロジーを取り入れることは、人事部の業務負担が軽減するだけでなく、人事部が経営に深く関わっていける可能性が生まれるなど、会社の在り方を抜本的に変える可能性も生み出します。
しかしながら、HRTechの取り組みにおいて、日本は世界から遅れを取っているのが現状です。それはなぜでしょうか。
日本の企業の多くはこれまで、個人の能力や成果を評価するのではなく、勤続年数や年齢を重視する「年功序列制」「終身雇用」に基づいた人事制度を取り入れていました。
「年功序列制」で考慮するデータはシンプルなので、わざわざHRTechの力を借りる必要はなかった、という点が、日本がHRTechの分野で遅れをとっている理由の一つです。
一方、日本でも近年、年功序列制に代わる「成果主義」の考え方も浸透しつつあります。
実際に、若い経営者が立ち上げたベンチャー企業の多くはこの「成果主義」を導入し、優秀な人材は年齢に関わらず評価され、高給をもらいながら活躍をしています。
しかし、年功序列制の下で働いて来た社員が幹部や経営層に残っている企業の場合、彼らがボトルネックとなってHRTechの導入が進まない、という現状があるのも事実です。
この、「年功序列制」という制度が、日本でのHRTechの浸透を妨げる要因の一つと言えます。
HRTechの具体的な分類
続いて、HRTechにはどのような分類があるのかについてご説明します。HRTech各分野のサービスやツールもご紹介しますので、参考にしてみてください。
タレントマネジメントシステム(人材管理)
「タレントマネジメント」は1990年代にアメリカで生まれた考え方で、自社の抱える優秀な人材(=タレント)のスキルや能力を適切に把握し、それを人材配置や教育、管理に生かして、成果を最大化する取り組みのことです。
終身雇用制が定着していた当時の日本では、「社員が会社の方針に合わせる、寄り添う」「会社が社員のキャリアを提供する」という考え方が一般的であり、タレントマネジメントはあまり必要とされていませんでした。
日本でタレントマネジメントが浸透し始めたのは、価値観の多様化や労働市場の変化に伴い、終身雇用制が崩れ始めたここ10年ほどの話で、まだまだ新しい分野であると言えるでしょう。
人材不足の影響で獲得競争が激化し、人材の流動制が高くなった日本の労働市場において、「自社の人材を活かす」ためにHRTechを活用してタレントマネジメントを行う試みは、今後ますます普及していくと考えられています。
この「タレントマネジメント」を、HRTechのテクノロジーの力で適切に行うための補助ツールの総称が「タレントマネジメントシステム」です。従業員の名前や所属などの基本情報だけでなく、持っているスキルや能力などのデータを管理・可視化でき、適切な人材配置や教育に役立てることができます。「人事管理システム」と呼ばれることもあります。
主要なツールとしては、「コンピリーダー」、「HR Brain」、「HR-Platform」などがあります。
労務管理
人事労務の主な業務として、
・勤怠管理業務
・給与計算業務
・社会保険関連業務
・コンプライアンス関連業務
・就業規則作成・管理業務
などが挙げられます。
労務管理周りの事情も近年、大きく変わりつつあります。先に述べた通り、労働人口の減少によって従業員の属性は多様化し、雇用形態・勤務時間など、人事部が管理すべき項目も複雑化してきています。
また、長時間労働やセクハラ、モラハラなどの問題が近年メディアで大きく取り上げられるようになり、より厳密なコンプライアンス管理も求められるようになりました。このように、労務管理の業務負担は増加傾向にあると言えます。
この増加する労務業務負担の一助となるのが、HRTechの取り組みによって生まれた労務管理のサービスです。「SmartHR(スマートエイチアール)」や、「ジョブカン労務管理」、「楽楽労務」などが代表的です。
勤怠管理
企業が、従業員の就業状況を把握・管理することを「勤怠管理」といいます。勤怠管理は、労働基準法で定められている使用者の責任であり、義務です。労務担当者は、従業員の勤怠を適正かつ正確に管理することが求められます。
これまではタイムカードやICカードを使った勤怠管理が一般的でしたが、近年増えてきたリモートワークなどの就業形態への適応が課題でした。その課題を解決したのが、HRTechの取り組みから生まれた、クラウド上で勤怠管理を行えるサービスです。このようなサービスの登場で、PCやスマホからも打刻や休暇申請が出来ることが出来る企業も多くなり、リモートワークやオフィス外で働く社員の勤怠も正確に管理出来るようになりました。
主要ツールとして、「リクナビHRTech 勤怠管理」、「ジョブカン」、「勤怠管理 KING OF TIME」があります。
採用管理
求人、応募者対応、面接日調整など、採用活動に関わる業務を管理することを、「採用管理」といいます。
HRTechの採用管理システムを導入することによって、煩雑かつ単純作業の多い採用管理業務の効率化を図ることができます。
・求人管理(求人原稿の作成、公開)
・応募者管理(応募者の情報管理)
・選考状況管理(選考状況や合否情報の管理)
・内定者管理(内定者のフォロー状況の管理)
上記のような、採用の各プロセスに関わる情報をHRTechのサービスで一元管理することによって、採用担当者の進捗管理が容易になったり、採用に関わる複数の関係者同士の情報共有が効率的に行えるようになります。
主要な採用管理システムに、「engage(エンゲージ)」、「HRMOS(ハーモス)採用管理」、「jinjer(ジンジャー)」があります。
教育(EdTech)
「教育(Education)×テクノロジー」の略語である「EdTech」。社内研修などの人材教育を、EdTech分野のサービスを取り入れることによって効率化する企業が増えてきています。これも、HRTechの取り組みの一つと言えるでしょう。
例えば、EdTech分野のサービスを使って社内研修をeラーニング化すれば、これまで社内研修に割いていた人的コストやアウトソース費用を削減することが出来ます。また、オンライン上で完結するようなシステムにすれば、リモートワークなどの働き方をする従業員も、同等の社内教育を受けることが可能になります。
株式会社ブルーポートが提供する文書マニュアル、動画マニュアル、eラーニングコンテンツの作成サポートツール「iTutor」や、ビジネス系の授業がオンラインで受講できる株式会社Schooの「Schoo」、オンラインでプログラミングが学べる「ドットインストール」など、他分野に比べて数は少ないものの、様々なサービスが生まれています。
まとめ
日本におけるHRTechの普及状況は、まだまだ発展途上です。
世界には遅れを取っている分野ではありますが、人口減少と高齢化が避けられない今後の日本社会において、労働人口減少に伴う問題をテクノロジーの力で解決するHRTechのサービスの活用は、避けては通れない課題です。
HRTechが生み出すサービスやツールには、業務の効率化だけでなく、企業を抜本から変革する可能性を秘めているものもあります。HRTechを取り入れることで、日々変化する労働市場に柔軟に対応し、またそれをリードするような日本企業が増えていくでしょう。