世界的に注目されているSaaSですが、SaaSビジネスを成功させるために重要な指標が2つあります。
SaaSビジネスを始めたものの軌道に乗れない企業の多くは、この指標の設定を見誤っている可能性があります。
今回は、SaaSビジネスを成功させるためにはどのような指標を見るべきか、またそれは具体的にどのくらいの数値に設定すべきなのか、という点について詳しく見ていきましょう。
SaaSビジネスは「売ったら終わり」ではない
まずはSaaSビジネスについて簡単に紹介しましょう。
SaaSはクラウド上で提供するサブスクリプション型のソフトウェアです。
そのため、顧客から得る月額費用がSaaS企業にとっての収益となります。
このビジネスの基本は「売ること」がゴールではなく「長く継続利用してもらうこと」がゴールとなるため、それに伴い企業が見るべき指標も変わるのです。
SaaSの成功のために確実に見るべき指標
ではSaaSの基本である長期的な視野を取り入れた指標とは具体的にどのようなものでしょうか?
重要な2つの指標をご紹介します。
LTV(顧客生涯価値)
SaaSに必要な1つめの指標はLTVです。
LTVとは「Life Time Value」の略で、顧客生涯価値と呼ばれます。
意味は文字が示す通りではありますが、顧客が生涯をかけて企業にもたらしてくれる利益の総額のことで、顧客とのエンゲージメントが強く、サービスを長期的に利用してくれる可能性が高ければ高いほどLTVは上がっていきます。
LTVは以下のように計算されます。
LTV = (平均購入単価)x(年間平均購入頻度)x(粗利率)/(年間チャーンレート)
例えば単価1,000円の商品を月1回購入した場合で、粗利が60%、年間チャーンレート(解約率)が5%の場合、
1,000×12×60%÷5%=144,000円
となります。
計算式を見るとわかりますが、LTVを高めるためには「単価を上げる」「頻度を上げる」「解約率を下げる」などの手段が見えてきます。
逆に言うと、このどれか1つの指標を上げたとしても、他の指標が大幅に下がればLTVは減少します。
どの指標もすべて視野に入れながらSaaSビジネスを展開する必要性が見えてきますね。
CAC(顧客獲得単価)
SaaSに必要な2つめの指標はCACです。
CACとは「Customer Acquisition Cost」の略で、1つの顧客を獲得するために要したトータルコストのことを指します。
コストとは、具体的には営業の人件費や広告宣伝費・マーケティング費用のことを指し、CACの計算方法は以下のようになります。
CAC=(営業人件費+広告宣伝費・マーケティング費用)÷新規顧客獲得数
新規顧客をたくさん獲得したところで、それに対するコストが膨らめばCAC指標は悪化するため、このバランスを保つことがSaaSビジネスには必要となってきます。
SaaSビジネス成功へ向けた目標ライン
2つの指標を紹介しましたが、ではSaaSビジネスを成功させるためにはそれぞれの指標をどの程度の数値で設定すべきなのでしょうか?
2つの指標の目標ラインと、その指標設定に関わるチャーンレートについて以下より詳しくご説明します。
LTVはCACの3倍以上にすべき
SaaSを提供する企業視点で考えると、LTVは収入でありCACは支出です。
そのため単純に考えると、CACがLTVを上回れば赤字となります。
LTVを下回るCACで顧客を獲得する必要がありますが、その比率の目安は「LTVがCACの3倍以上」です。
前述した例をもとに具体的にあてはめてみましょう。
【前提】
単価1,000円の商品を月1回購入、粗利が60%、年間チャーンレート(解約率)が5%
【LTV】
計算式:1,000×12×60%÷5%=144,000円
【CAC目標ライン】
計算式:144,000円(LTV)×1/3=48,000円
このような計算が成り立ちます。
この場合だと、新規顧客1件の獲得にかけられる費用は48,000円が上限となるのです。
上記のような計算式で考えていくと、選択すべき広告手法や投下できる人件費も見えてきますね。
また、LTVとCACの関係を明確にしておくことで、損益分岐のポイントも明らかになります。
企業にとって損益分岐ポイントを超えるまでは利益はマイナスであり、分岐を超えてからやっと利益を生み出すサイクルに変わるという点はしっかり覚えておきましょう。
では、上記の前提の場合、損益分岐ポイントはどこで訪れるのでしょうか。
【回収期間】
計算式:48,000円(CAC)÷(1,000×12×60%(収益))=6.66666…
この場合だと、6.6ヶ月ほどで損益分岐ポイントが訪れると見えてきます。
つまり6~7ヶ月でCACが回収され、それ以降は企業の利益になると考えられます。
LTVとCACの目標ラインが見えたところで、関連する指標についても細かく見ていきましょう。
CACは12ヶ月以内の回収を目標に
先ほどの例ではCACの回収期間は6.6ヶ月と出ていましたが、この回収期間は長くても12ヶ月以内におさめることをおすすめします。
回収期間が長くなるということは、それだけ利益を生み出すまでの期間が長くなるということです。
SaaSビジネスのような月額回収の長期利用を目論んだビジネスでは、解約されれば利益は0になります。
もちろん解約率を下げる努力はするものの確約できるものでもありませんので、なるべく短い期間でCACを回収しきるよう設計することが重要になります。
例えば先ほどの例の場合、
回収期間:48,000円(CAC)÷(1,000×12×60%(収益))=6.66666…
このCACが48,000円よりも多くかかってしまったとすると、
回収期間:86,400円(CAC)÷(1,000×12×60%(収益))=12
CACは86,400円のときに、回収に12ヶ月かかってしまうこととなります。
この状況を改善するために、CACを抑えることは重要です。ですがそれ以外にも、
・単価を上げる(例:上位のプランへのアップセル)
・解約を抑える
・収益率を上げる
といった施策も可能です。
SaaSビジネスを展開するうえでは、この細かな指標を明確に定め、しっかりとモニタリングする必要があるのです。
チャーンレートは3%未満を目標に
続いてSaaSの指標設定に大きく関わるチャーンレートについても見ていきましょう。
チャーンレートとは解約率のことを指すと言いましたが、継続することで利益を生み出すSaaSにおいて、解約率が高いことは命取りです。
そのためチャーンレートは3%指標として、それ未満に抑えることが良しとされています。
では具体的にチャーンレートの数値がどの程度他の指標に影響を及ぼすのか見てみましょう。
先ほど同様、CACの目標ラインをLTVの1/3と設定し、年間のチャーンレートを10%にしてみましょう。
【前提】
単価1,000円の商品を月1回購入、粗利が60%、年間チャーンレート(解約率)が10%
【LTV】
計算式:1,000×12×60%÷10%=72,000円
【CAC目標ライン】
計算式:72,000円(LTV)×1/3=24,000円 (チャーン5%の場合は48,000円)
となり、チャーンレートが5%→10%に上がることで、CACの目標ラインが半分にまで下がってしまいました。よりコストを抑えて顧客を獲得しなければならなくなります。
逆にチャーンレートを理想的な3%として計算してみます。
【LTV】
計算式:1,000×12×60%÷3%=240,000円
【CAC目標ライン】
計算式:240,000円(LTV)×1/3=80,000円
そうすると、今度はCACの目標ラインが大きく引き上がりました。
単純に、新規獲得に向けた投資額を増やすことができ、様々な戦略を取ることが可能になります。
このように、SaaSビジネスにおけるLTVとCACには、チャーンレートが大きく関わってくるため、チャーンレートを下げるために企業が時間を費やす必要があるということも見えてきましたね。
拡大収益が伸びればマイナスを打ち消す場合も
上記で紹介した計算式は、月々一定金額の収益を予定した場合の計算です。
そのため、例えばアップセルやクロスセルにより1顧客からの収益が伸びることで、回収期間が短縮し、損益分岐ポイントが早まる可能性も考えられます。
現時点ですでにCACの設定ラインや回収期間などが目標値よりも悪化している場合には、既存顧客に対する売り伸ばし施策を進めることで、マイナス分を改善できる可能性があります。
ただ、それによりかかるコストもしっかりと念頭に置き、目測を見誤らないよう気を付けて設定してください。
獲得と継続、両視点での改善が必要
このように、SaaSビジネスにおいてはCACとLTVの指標に着目する必要があります。
つまりCAC=獲得、LTV=継続、この2つの側面での改善が、SaaSビジネスを成長させる際のカギとなります。
では具体的にどのように改善するべきなのか、新規顧客の獲得と既存顧客の継続の2つの視点でご紹介します。
価格設定を含めたマーケティング改善によるCVR向上
まずは新規顧客の獲得のために必要な改善点です。
SaaSにおける新規顧客のCACはさまざまな観点から慎重に考慮する必要がありますが、その中でも価格設定は重要です。
SaaS商品は競合も多いことから価格競争になる場合もありますが、価格を抑えすぎてしまうと、結果としてCACを回収しきれずに赤字経営となってしまいます。
かといって高額商品では獲得難易度が上がってしまいます。
獲得難易度とCACのバランスを見極めながらマーケティングを行い、時には年間利用の割引施策なども考慮してプランニングしていきましょう。
また、SaaSでは無料トライアルが当たり前になっているため、トライアル内容でいかに魅力を感じてもらえるか、その後の営業手法はどうするのか、さらにWebサイトの見やすさや申し込み難易度の低さなど、CVRを上げるための工夫も重要となります。
チャーンをもとにした改善箇所の切り分け
一方、既存顧客の継続・解約率の低下に向けた改善点についても見ていきましょう。
既存顧客に対しては、チャーンレートをもとに、どの商品に対する顧客がどのタイミングで解約となってしまっているのかを細分化して確認する必要があります。
お伝えした通り、チャーンレートが1%上がるということは、LTVに大きく影響を及ぼすため放置してはいけません。
解約の可能性のある顧客に対していち早く対策を行ったり、そもそも解約の要因となりえる事柄を発見する必要があります。
これには様々な手法がありますが、顧客の状態を知るには「ヘルススコア」という指標を使う場合もあります。
ヘルススコアとは顧客が商品を利用する頻度や深度、利用時間の長さなどをモニタリングし、顧客のコンディションを予め把握するための指標です。
なぜ頻度が落ちているのか、機能が利用されない理由は何なのか、などをヘルススコアをもとに分析し先手を打ってフォローすることで解約を阻止することができます。
既存顧客を継続させるためには顧客に満足してもらう必要があります。
そのために足りないこと、できることをあぶり出して対応することが重要なのです。
まとめ
SaaSビジネスを成功させるために、見るべき指標とその設定方法をご紹介してきました。
SaaSが日本で成長してきたのはここ数年の話ですが、今や多くの企業がSaaSビジネスに進出してきています。
しかしながら、SaaSビジネスの仕組みを理解しないまま展開してしまったがゆえに、事業が行き詰まり撤退を余儀なくされた企業も多くあります。
SaaSという新しいビジネスモデルは社会にとってなくてはならないものとなっており、これからもさらに成長を続けていくことが予想されています。
今回ご紹介した指標を参考にしつつ、利益を生みながら事業が大きく成長していけるよう、ぜひ一度自身のSaaSビジネスを見直してみてください。